過去に原因を求めることと社会格差

過去に原因を求めることと社会格差

先日は『なぜコーチは未来が大事だ』言い続けるのか記事にしました。

 

今回もその続きです。

 

 

 

 

 

さて、今上手くいかない状況を過去に求めるようになると、とくに上手くいかない時にこそ、その原因を過去に求めてしまいがちです。

 

・この失敗は過去に○○だったおかげだ

 

・今上手くいかないのは△△のせいだ

 

 

などと、生まれや育った環境にその原因を求めるようになります。

 

 

 

 

 

生まれが原因で育った場所や環境が悪いから、今の私がやっていることは上手くいかなくて当然なんだと、絶対的な絶望に繋がる可能性をはらんでいます。

 

 

 

 

 

 

また、他人に対しても、あの人は高貴な生まれけど、私の場合はそうではない。

 

反対に、あの人が育った環境だとああいう風に悪くなる、それに比べて私の育った環境は良かったので優遇されて当然だよねみたいな差別的な思想にも繋がりかねません。

 

 

そして、極めつけは前世に原因を求めるようになります。

 

 

そもそも前世の行ないが悪かったから、今は然るべき状態なんだ、カルマなんだと。

 

ここまで来ると、もはやなす術がありません。

 

 

 

 

 

実際に、あなたのカルマが悪いせいで、今の状況がこうなんですと言ってくる人もいます。

 

そして、その人は言います。『カルマを解消したければ、私にお布施をしないさいと』

 

 

 

 

 

 

さて実はこの過去から思考は、私たちがい生きる資本主義経済と相性がいいんですよ。

 

どういうことでしょうか?

 

 

 

 

資本主義は、お金でいろんなことが出来たり、チャンスに恵まれる反面、負の側面として格差が生じやすいです。

 

 

この経済システムでは大まかに、お金をたくさん持っていて、それで事業を展開している資本家と呼ばれる階級と、その資本家に労働力を提供して生活を営んでいる労働者階級の二つに分かれます。

 

 

そして、この両者ともゴールはお金を増やすことです。

 

ゴールがお金儲けだと、資本家も労働者もそのコンフォートゾーンもお金儲けです。資本家は事業や株式への投資を通じて、いかに自分の資本(お金)を増やすか、労働者もいかにお金が一日もらえる場所で働いて、自分やその子供がお金を得られる人間になるのかを考えるようになります。

 

 

 

新聞の見出しを飾る『株価が上昇!』『時価総額アップ』という言葉がその世相を表しています。

 

 

こうなってくると社会は競争を伴い、競争は勝者と敗者を分けます。

 

 

 

 

しかし、競争に勝っても、次の競争があります。そこで勝っても、また次の競争があるし、そこで負ければ敗者です。一方で、敗者にも敗者なりの競争があります。ここで勝てば上級敗者であり、負ければさらなる敗者です。

 

 

 

 

資本家階級にも労働者階級にも競争があります。そして競争を繰り返していくうちに、その立ち位置が固定化されていき、格差になります。

 

 

 

 

もちろん格差はよろしくないという考えで、それを是正するルールや規制も張り巡らされますが、しかしそれが、競争に勝ち続けてそのヒエラルキーのトップに立つ資本家階級のお金儲けの邪魔になれば格差は自己責任、規制は悪という考えに行き着きます。

 

 

今の世界のトレンドはコレです。

 

 

 

 

『いや待ってよ、競争には良い面もあるじゃないの?』という声が聞こえてきそうです。

 

確かに、経済成長の段階で今日は負けても、明日は勝者になれるという心境や立ち位置にいれば、明日に向ってやる気が起きます。しかし、経済状況が明日に希望が持てなく、また競争に負け続けていれば、やる気は粉砕されます。立ち位置にしたって、この仕事は大卒が条件ですとなれば、経済的な理由により大学に行けなかった人のヤル気を失います。

 

 

 

 

もしくは国が経済に介入して、行き過ぎた競争に歯止めをかければいいんじゃないと思うかもしれませんが、実際は競争に勝ち続けて頂点にいる資本家の方が強い。

 

 

 

なお、昔の日本の官僚や資本家は資本主義のこのような問題点についてキチンと勉強して、問題が起こらないように修正していました(修正資本主義)。むしろ実体は国が大きく経済に介入して管理する社会主義国のように、ニセモノの資本主義でした。

 

 

格差が拡がれば、人々はやる気を失って国の生産力が低下する、または労働者が反乱して別の考え方(共産主義)がもたらされて、それは日本の在り方にそぐわないと。

 

資本主義に規制を掛ける施策と戦後の復興からの経済成長がマッチして、おそらくはあなたが子どものころまでは、日本は一億総中流と呼ばれて華やかりし頃を享受していました。

 

 

 

 

 

しかし、成長に陰りが見え始めると資本主義の問題点がスコトーマに隠れてしまって、代わりに出てきた考えが競争、規制緩和です。『欧米か!(古)』って具合に、本物の資本主義を取り入れたのです。

 

 

 

 

 

 

この本物の資本主義は、(力を持った資本家の邪魔になるような)規制はするな!、邪魔はするな!という考えです。

 

 

 

本物の資本主義は仁義なき戦いです。単刀直入に言うと、お金儲けの競争に強い奴が勝って、勝った奴が偉くて、反対に、負ければ悲惨、惨めだという考えです。

 

 

 

ただ、露骨に言うと、いろいろと問題発言と受け止められるので、『勝ち組、負け組』という言葉でマイルドに落ち着かせています。

 

 

 

 

 

こうやって格差は広がりを見せて、やがてそれが何世代にもわたって固定化していきます。

 

問題は格差の固定化です。

 

今の日本も世界のトレンド波に乗って、格差が固定化されつつあるように思えます。

 

 

 

なお、そんなシステムは壊れるんじゃないの?と疑問に思うかもしれませんが、そう簡単には資本主義は崩壊しません。システムにも恒常性(ホメオスタシス)が働くのです。

 

 

 

この資本主義の本質と、過去に原因がある思考が重なると、格差に基づいて、人々のヤル気が、希望がどうなってくるのかはお察しのとおりです。

 

 

逆に言えば、そんな資本主義のもとだからこそ、ゴール設定、そしてそれが現状を超えていなければならない理由や、私はそれが出来るという自己評価(エフィカシー)、時間は未来から流れるという考えが重要となってきます。

 

 

 

さらに苫米地博士が『世界の戦争と差別をなくす活動の一環として、コーチングを広めて行っているのか』、その理由もここと繋がってくるでしょう。

 

それが分かると、苫米地式認定コーチが、『なぜ未来が大事なのか?』と言っている意味も、今までとは違って捉えていけると思います。

 

 

 

 

この続きはまた次回に繰り越します。

 

 

 

 

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