先日は『耳をすませば』
内部表現がみえてくると説明しました
内部表現とは、わたしたちの脳と心の中の世界
でも、それが私たちにとってのリアル世界でした
また内部表現は情報によってつくられていました
情報によってつくられるとはどういうことでしょうか?
わたしたちの内部表現は全員が同じ情報(世界)を
共有しているハズではないのでしょうか?
同じ対象をみているのではないのでしょうか?
答はNO
内部表現は一人ひとり違います
わたしと、あなたの内部表現は違うという意味です
地球には現在70億人の人口が住んでいます
70億とおりの内部表現があるということです
なんでこんな現象が起るのかというと
それは70億人が
それぞれの情報処理装置をもっているから
情報処理装置とは脳のこと
脳内で処理される情報は
おのおのの人の価値観の重要度に応じて
処理されています
たとえば、『耳をすませば』の
主人公、雫は中学3年生
一般的に中学3年生といえば
高校受験が控えているため受験への関心が高く
英単語を覚えたり
数学の解法を覚えたりするもの
SVOCみたいな英語の文型を覚えたり
y=ax+bのような数学の公式を覚えます
また、この年では塾や通信教育の宣伝が
目に飛び込んでくるもの
一般的に、中学3年生には
こういった受験に関係する情報が
飛び込んでくるものです
理由は、志望校に合格するための
情報の優先順位が高く
脳が自動的にそういった情報を勝手に集めはじめるからです
良くも悪くも、中学3年生は
高校受験とその結果が一生を左右するという
隔たった内部表現に生きています
しかし、クラスメイト達が受験勉強を本格化しようとしている中で
雫は物語を書くことに没頭していました
SVOC、y=ax+b、塾の情報ではなく
物語に関係する情報と
あとボーイフレンド(?)の聖司くん
のことが頭を占めていました
一般的な中学3年生と違い
雫には将来物語作家になった自分の姿と
今現在そこに向かって悪戦苦闘する自分の姿がリアリティーとして存在しているハズです
これが雫の内部表現です
一方の聖司くんは
将来バイオリン職人になることが夢
これまた受験勉強の情報ではなく
テレビで目にしたイタリアのバイオリン職人の仕事ぶり
演奏会のパンフレットに映ったバイオリンの姿に
目が向いていたハズです。
彼の世界には将来バイオリン職人になった自分の姿と
今そこに向かっている現在の自分の姿が
リアリティーとしてある内部表現のハズです
このように内部表現は
おのおのによって全く情報の優先順位が違います
次回は、さらに内部表現の中身を
フカボリしてみましょう