広島県に本社を置く自動車メーカーマツダのお話です。
「世界一の車をつくろう」プロジェクトリーダーは心に誓った。だが、それを成し遂げるのは容易ではない。
たたでさえ、技術者たちは日々の業務に追われ忙しい日々を送っていた。
新しい技術の開発に与えられる期間は通常2、3年、その後、その技術を搭載した車が市場に出回るには1、2年かかる。したがって、ゴールは通常5年で設定される。
これに対して、今回のゴール設定は2倍の10年先ということになる。
新型車種の開発を担う技術者たちに話をけしかけても、「そんな先の話、考えたことありません」、異口同音にこんな答えが返ってきた。
しかし、彼は諦めなかった。マツダの社員ならだれにでも、この会社を世界一にしたいという想いがあるに違いない。皆のその気持ちに火をつけようとしたのである。
「これまで君たちが蓄積してきた既成概念、仕事の方程式をすべて忘れ、頭にこびりついている開発に関わる制約をすべてはずせ。そして、理想の技術に迫っていこう」
「君たちは、最初の2年間は、何をしても良い。何を失敗しても良い」
リラックスした状況をつくり、クリエイティブなアイデアを出させようと試みた。
そうしなければ、世界一への想いが雲散夢中してしまう。根気強く言い聞かせた。
結果、当初は考えてみろと言う指示に対しての受け身の議論だったのが、時間が経つにつれ開発の場は「ぜひ、そうありたい」「なにがなんでもそうなりたい、したい(want to)」をベースにした積極的な議論に変わっていった。
やっぱり皆、世界一の車をつくりたい。いや、マツダを世界一にしたいのだ。
また、技術開発に関して、今を基準にして考えた技術、つまり、今ここまで出来ているから、10年後にはこうなっているだろうという過去ベースの提案は全て却下した。
また、他車との比較論や、ベンチマーク論(目標と決めた技術や製品との優劣を検討する)にも一切話を耳を貸そうとしなかった。
「エンジンとは何かという原点にまで戻って全員で徹底的に議論しよう。マツダは、2015年までにマツダ車の平均燃費を今より30%向上させると宣言した。この約束を果たせるという自信が持てるエンジンが出来上がるという図面が完成するまで、理想的には世界一のエンジンの施策図面が完成するまで、一切図面は起こさせないことにしよう」
羽山信宏著 「つくりたいんは世界一のエンジンじゃろうが!」B&Tブックス日刊工業新聞社 P27。
必要なのは、ゴール(未来)から見た今であり、マツダ自身の理想の車の追求である。
ゴールは絶対に下げない。他との比較も必要ない。
過去の延長線上に未来はないのである。
仕事ができる者は、多くのことで成果をあげなければならないことを知っている。集中するための原則は、生産的でなくなった過去のものを捨てることである。第1級の資源、とくに人の強みという希少な資源を昨日の活動から引き揚げ、明日の機会にあてなければならない。昨日を捨てなければ明日をつくることはできない。
P.F.ドラッカー (著), 上田 惇生 (著)「ドラッカー 365の金言』ダイアモンド社 P7。
続く
参考文献
宮本喜一著 『ロマンとソロバン』 株式会社プレシデント社
人見光夫『―逆境を跳ね返したマツダの発想力」人見光夫 ダイヤモンド社
※アイキャッチ画像はマツダ本社の写真。 Wikipediaより借用。