※この物語は広島県に本社を置く自動車メーカーマツダのお話です。
プリイグニッションを克服せよ
ノッキングを解消した次は、プリイグニッションという異常燃焼の克服が必須であった。
プリイグニッションは、混合気の燃焼の拡散とは無関係に起こる。超圧縮化した混合気が非常に高い圧力と温度に変化することによって引き起こされる自己着火現象である。
この現象は混合気の燃焼によって不利な条件が重なった場合 発生リスクが生じる。
不利な条件とは、構成部品のバラつきによる超圧縮化、カーボンの付着による高圧縮化、走行環境の高温化、低品質燃料の使用などである。
滅多に無いこととは言え、エンジンを製品化するにあたっては無視するわけにはいかない。信用問題に関わる。
Invent on the way『方法を発明する』
プロジェクトチームは、プリイグニッションという異常燃焼を意図的に起こして、エンジンの作動状況を検証した。
どのような条件では異常燃焼を起こして、また正常燃焼を維持するのか把握するためである。
データを地道に集めた。その甲斐あって、数式に落とし込み異常燃焼と正常燃焼との境界を可視化することに成功したのだ。
これにより異常燃焼の予兆を把握して回避することに役立つ。
実は、これまでは高圧縮化したエンジンを回しつづければどんな現象が起こるのか検証した経験がなく、数式も既存の公式を改良してほぼ自分たちで磨き上げたのだ。
こうやって、マツダ独自のノウハウや技術を確立していくのである。
まさにInvent on the way(方法を発明する)である
ゴールを設定したら、方法は走りながら見つけるという意味である。
プリイグニッションを克服する方法は未来に必ず存在する。
今はただ見えていないだけ。そう信じて、解決策を発明していったのである。
もう一つ、方法を発明した話を紹介したい。
とくに異常燃焼を測るための圧力計を取り付けるのには一苦労した。
実験室では、圧力計が大きくても、力づくで何とかなる。
しかし、量産したエンジンにこれを取り付けるには、エンジンの構造や設計を大きく改良する必要がある。創意工夫はなんとかなっても、車両価格にも大きく跳ね返ってしまう。
消費者が求めやすい車の開発、これがマツダの理念である。それゆえ、車両価格の高騰は避けなければならない。
それでは、圧力計に代わる手段はないのか。
プロジェクトチームの地道な検証により混合気の燃焼によってイオンが生じることを突き止めた。つまり、イオン発生とプリイグニッションの異常燃焼には相関関係があるということである。
イオンの流れを測って異常燃焼を予兆する計器を開発したのである。
この計器のコストは圧縮計を取り付けることに比べればはるかに安い。
こうして、ノッキングとプリイグニッション両方の抑制、技術を確立することに成功したのである。
続く
参考文献
宮本喜一著 『ロマンとソロバン』 株式会社プレシデント社 2015年