道元坂まで3マイル ~陽のあたる場所で~

16時30分に四ツ谷のアマルフィーというお店を出た。

この後17時40分から渋谷の道元坂にて、講師をする用事が入っていた。

午前中に同じところから、その店にやって来た。慣れない東京の地下鉄を乗り継いで、30分かけてやって来た。

だから帰りも同じ時間を計算して、17時過ぎには会場に戻れる(はずだった)。

ヒロコさん、としかさんと三人で四ツ谷の街を新宿通りに向けて歩く。としかさんは、早速アマルフィーで買った服を着ていた。

一方のヒロコさんは、最初から以前にそこで買った服に身を包んでいた。ここ以外の服が着れなくなったらしい。

洗練された二人の姿が四ツ谷の風景の一部となっていた。一方、洗練されていない僕はスマホを片手に先行して二人の写真を取ながら歩いていた。

この構図が後の講義でとても役に立った。

アマルフィーが面している通りから新宿通りまででる。四ツ谷駅から地下鉄に乗り換えて渋谷まで戻ろうと考えた。

ヒロコさんが、『永田町駅から乗り換えなしで戻れるよ』とアドバイスをくれたので、そうすることにした。

『ほら、あそこのホテルニューオータニを超えたら、駅があるから』と教えてくれた。

ヒロコさんは、そのあたりで用事があったらしいので僕もついて行った。としかさんも、渋谷で用事があったらしいので、3人は引き続き新宿通りを超えて、上智大学の前を通り、ニューオータニの前まで歩いて行った。

ここでヒロコさんと別れた。

僕ととしかさんはもう一度、スマホの地図で場所を確認した。このニューオータニの横の小道を抜けていけば永田町駅に到達できるということが判明した。

時間は16時50分だった。

時間は16時50分『OK、全然講義開始に間に合う』。そういった独り言が湧いて出た。

ニューオータニの横の小道は、人が並んで歩くにはちょっと狭い。登ったり、降りたりなぜか都心で、田舎の山を歩くときと同じようなペースで歩いた。

それでもお喋りをしながら歩いていたので全く疲れなかった。しばらく歩くと行き止まり。正確には道は続いているのだけれど、門らしきもので塞いであった。

『なんてこった。引き返して、別のルートから行こう』僕はそう話しかけ、来た道を引き返した。

だけど、また見たことのないような景色が表れた。

二人とも話に夢中になってしまい、来る時に景色を見ていたはずなのに全く覚えていなかった。

どうやらこれは脳の悪戯らしい。脳は見たこと聞いたことすべて覚えるとパンクしてしまうと、この前読んだトマベチ先生の本に書いてあったことを思い出した。本には、セルフトークのコントロールと書いてあった。

二人とも本当に道順を覚えていなかった。

『やばい』という独り言が出てきた。

すかさずこれを『面白くなってきたじゃん!』という言葉に置き換えてみた。こうすると心持が変わって、焦るような場面に出くわしても、落ち着いて対処できると午前中に道元坂で教えてもらった。早速試してみた。

この時点で17時を10分ほど過ぎていた。

暫く歩くとニューオータニに入る小さな裏口があった。そこから中に入り、宴会場の隣にでた。

そこからフロントまで一目散に歩き、タクシー乗り場を聞く。幸いなことに目の前だった。とりあえず地下鉄永田町駅まで行こうというアイデアが浮かんだ。

何とか、タクシーに乗り込んだ。呼吸がはやくなり、足も結構がたがただった。ところどころが痛い。

あと、先ほどアマルフィーでコーヒーをがぶ飲みして、その前に近くのコンビニで遅い昼食を取ったばかりだった。

だから結構胃が苦しかった。さらに、走ったら戻してしまう。それくらいの勢いだった。

タクシーは何とか永田町駅に着いた。

渋谷までは半蔵門線で一本だ。しかし、看板には南北線とだけしか書いてない。

このまま行ってもいいものか、それとも駅を間違えたのか。

ともかく心拍数が上がっていたためか前に進むことしか考えられなかった。

『前も後ろも詰まったら、いっそ前に進むしかないよ』という言葉を思い出した。この言葉に、初めてであったのは15歳の頃。人生の局面で何かあるたびに、この言葉に後押しをされてきた。

まさか、またここでお世話になるなんてと思いながら地下に降りて行った。

地下道をひたすら前に進んでいった。だが、コーヒーが戻って来そうな感覚に苦しめられた。だが、東京にまで来て戻すわけにはいかない。

半蔵門線という案内表示を見つけて、さらに深く降りて行った。

時刻は17時15分を少し過ぎた所だった。

ホームに着くとすぐに列車に乗り込んだ。

一安心すると急に疲れが出てきた。

7分くらい地下鉄に乗ったら渋谷駅に到着した。

講義開始13分前。
走れば間に合う。

地下鉄の扉が開く。

一目散に道元坂と書いてある方向に向かって歩く。

余りにも到着時間に囚われすぎていて、後ろからとしかさんがついてきているのか忘れてしまっていた。

振り返ってみるとちゃんとついてきている。

道元坂という案内に向ったハズなのに、今度は違う案内が表示が出てくる。心配になって、壁にかかっている地図を見ると、反対方向に突っ走ってしまっていた。

『ちくしょう、騙された!』という独り言が出てきた。

いけないいけない『上の階に上がれば大丈夫だと』という言葉に置き換えた。

この言葉おまじないの効果があってか、ハチ公口という案内が見えた。

『そうか、その手があったか』と言わんばかりに、心が躍動したのを覚えている。

一度地上に出てしまえば問題ない。ハチ公口から道元坂は一本道だ。この一年間で10往復はしている。間違えるはずがない。

ハチ公口から地上にでた。と同時に、頭の中で中島みゆきの『地上の星』のBGMが流れた。脳は時々こういった悪戯をする。

土曜日の午後の渋谷ハチ公口は多くの人で賑わっていた。見渡す限り8割は若者だ。

前に進めない。

こう言う時は、『一度落ち着いて、それから気持ちを高めて、ゆっくりと前に進むと良いよ。そうすれば人が勝手に道を空けてくれる』からとかつてある方に教わった教訓を思い出した。

早速試してみる。

なるほど人が引いていく。『こうやって逆風の中でも道をつくっていくのか』と感心しながら横断歩道を渡る。

ここでとしかさんとはお別れだ。

あとは一目散に目の前の坂を上がっていくだけ。

時間は17時35分。

ゴールまであと一息。だけど、体力気力的に一番苦しい時だ。

坂の上の建物まで走ることにした。

先ほどのコーヒーとサンドイッチが胃のかなり上流まで逆流している。

建物についたとたんにトイレに駆け込む姿を想像した。

足も痛いはずだけど、その感触すら無くなっていた。

34才、久しぶりに全力疾走。

この感覚はかつて勤めていた先で、昼食明けにいきなり200mダッシュをさせられた時くらいに苦しい。通称スーパー体育と呼ばれていた。

建物付近までやって来た。だけど、建物に近づくにつれエネルギーが切れてきた。

トマベチ先生いわく、ゴールと現在地の距離が短くなると、エネルギーがでなくなると書いてあった。

なので、イメージをトイレではくではなくて、無事に講義を終えて、参加の人達から拍手をもらう姿に変えてみた。

建物の扉を開けて、エレベーターに乗り込む。そして上階にたどり着いた。

扉を開けると、先ほどフェイスブックにコメントを残してくれた吉○さんの顔が見えた。

それは、まだまだ天国に行くわけにはいかない。僕にはまだ道元坂でやるべきことがあるというメッセージにも受け取れた。

時計を見ると17時39分。ぎりぎりセーフ。 

しかし、その後すぐに18時の開始まで時間がありますので、しばらくお待ちくださいという案内にガクッとした。

目線の先には、僕と似た顔の男の姿があった…。

※またもポエム風(笑) 

アマルフィー
http://www.amarphie.com/cafe/