多くの人から感受性が高いというお声を頂きます。
感受性、受け取るものが多いということです。
実は感受性が高いという言葉は、最近まで何か女々しいような、いけないことだと感じていました。
確かに今までの人生で、他人が気にしないことまで気になって、神経が過敏になってしまったことがあります。
もしかしたら神経症に陥ってしまったのもそれが関連しているのかもしれません
しかし、ある方より『何も感じないよりは良いんじゃないの』と教えられ、『そうか、そういうものか』と認識が改まりました。
また自分の得意な感覚が、感覚であると分かりました。
実際に、コーチングのセッションでも役だっています。
感受性が弱みから一転、強みに変わったのです。
コーチングでは、よくモーダルチャンネルという概念を使います。
至極簡単に説明すると得意な感覚。
五感(視覚、触覚、味覚、聴覚、嗅覚)と言語で表されます。
一般的に人間は、視覚から80%の情報を入手すると言われています。つまり、視覚から入ってくる情報が一番高く、影響力が大きいです。
その証拠に、テレビや映画の臨場感は半端ないでしょう。
が、人間は視覚はもちろんですが、人によって得意な感覚が違います。
聴覚優位で音に鋭い感覚を覚える人。
嗅覚が優位で、匂いだけで人の体調まで識別してしまう人。
触覚が得意で、感覚から他人の思いや感情が伝わってしまう人。
論理的に言葉で説明することが得意な人は言語優位でしょう。
私自身は音楽が好きなので、勝手に自分は聴覚優位だと決めつけていました。
しかし、ある時に触覚が優位だということに気が付きました。
ブログ等で文字を書く際に、語尾に~の様な感じと書いていたり、言葉にしていたりすることがヒントでした。
また回りから感受性が強いと指摘されてきたことも一助となりました。
なお、言葉で表現する際に、
聴覚優位の人は、~に聴こえると言うでしょう。
嗅覚優位の方は、~にニオウと表現するでしょう。
さらに感覚を鋭くすれば共感覚になります。
例えば、音を聞いて、色が見えたり、感じたりします。
私も練習を重ねて、だいぶこの感覚が鋭くなりました。
リラックスをして音楽を聴くと、光を感じます。
またあるピアニストの音楽を聴いて、そのピアニストが演奏しているシーンが映像で浮かぶのも一種の共感覚です。音から風景が観えているのですから。
小さい子ども、自分の行動、例えば、何かを押すときにピンポーンと言ったりして、行動を擬音で表すのも共感覚の一部なのかもしれませんね。
共感覚がなぜ起こるのかと言うと、映像を入力する神経と、音を入力する神経、ニオイを感じる神経が脳内で極近くでネットワークを結んでおり、情報を処理して脳内で表現しているに過ぎないということが分かります。
さてさて、そう考えると、今現実だと思う出来事も、実はただの情報で、見方によってはバーチャルなものに過ぎないという公算が高い。
言うならば幻想です。
このことから何を感じるのかと言うと、自分は~だという、自分への認識も一度疑ってみても良いのかもしれません。
自分がこうだと決めつけて思い込んでいることも、実は他人から埋め込まれた情報を、そのまま受け止めて体現しているだけに過ぎないかもしれません。
何事も、本当は無限の可能性があるのに、単に見えていないだけかもしれませんよ。
と言うよりは、自分で新しい情報を取り込めば、新しく変わっていくことが出来るということです。