広島県に本社を置く自動車メーカーマツダのお話です。
21世紀を迎えてから、世の中の車に対する関心は、エコーカーやハイブリッド車など環境に配慮した車に向いていた。マツダにとっても例外ではなかった。
その頃、ライバルのトヨタ、日産、三菱はそれらの車を次々と開発してすでに市場に投入している車種もあった。
2006年時点で、マツダにこれといった環境性能に優れた車は存在しなかった。あきらかに出遅れていたのである。
環境に配慮した車を開発する必要性に迫られ、トヨタのようにハイブリッド技術を取るか、それとも日産のように電気自動車の道を選ぶか。
しかし、後発でハイブリッドや電気自動車の開発に取り組んでも、先行するトヨタ、日産を追いかける立場になる。
また、生産台数が多い=規模の経済で優るそれらのメーカーと競争しても、まともに闘っては勝ち目がない。むしろ、下手をすれば他車と比較され、ますますトヨタ、日産を有利にしてしまう。
それだけではない、今後攻勢を仕掛けてくるであろう海外の自動車メーカーの存在も考慮に入れなければならない。
この状況に対応すべく、社長自らが指揮を執り、経営企画、購買、生産、研究開発、IT等の各部門の精鋭を集めたプロジェクトチームが編成された。
この場で、議論を重ねた結果、マツダは現状のガソリンエンジンの燃費向上を目指すと腹を括った。というよりは、トヨタや日産、三菱と比べて体力の劣る同社では、そのどちらも選びたくとも選べなかったのが正解かもしれない。
現状のエンジンの作動効率を改善して、2015年までにマツダが生産する車の平均燃費を30パーセント向上させる。プロジェクトで、それまでの常識を覆すゴールが設定された。
現状のエンジンの改良と聞けば、現状の延長線上のゴール設定に聞こえるかもしれない。しかし、車が開発されてから130年、この間に世界中の車メーカー、技術者があらゆる手段を尽くしてガソリンエンジンの燃費向上を目指してきた。世界中の技術者たちは、もうこれ以上改善点はないと信じて疑わなかった。だからこそ、ハイブリッドや電気自動車が発明されたのだ。
これは業界の常識を覆すという壮大なプロジェクトだった。
「短期間で30%以上向上? 馬鹿を言っちゃいけない。不可能だ!!」と疑う声が社内外から聞こえてきた。
実際、エンジンの熱効率は、130年かけてやっと30パーセントに達したに過ぎない。熱効率とは、エンジンに供給される化石エネルーギーのうち、それが本来果たす機能=車の動力として行かされる割合のことだ。つまり、ガソリン10リットルのうち、推進力として有効に活かされるのはわずかに3リットル。残りの7リットルは無駄になってしまうということだ。
これをたった十年余りで「カイゼン」するというのだから不可能だと言われても無理もない。
また、ただ単にエンジン効率を高めれば良いという問題でもない。同時に、環境に配慮した日本やヨーロッパの厳しい排ガス規制もクリアしなければならないという課題も重くのしかかっていた。
他にも、エンジンや排ガス規制のみならず、車体、ハンドリングすべてをフルモデルチェンジさせるということも決まった。
言うなれば「過去の成功体験を一度全部捨てろ」と言う意味だ。
参考までに、時間は過去→現在→未来に流れているのではなく、反対で、未来→現在→過去と流れている。過去の体験は後ろに流れていくだけ。ゆえに、マツダの人々は未来に働きかけ、未来を手繰り寄せた。
このプロジェクトチームの狙いは、各部門のリーダーたちの意識を改革。まずは、如何にして勝てる車をつくるという土壌を築くのか。
具体的な技術うんぬんよりも、それを生み出すマインド(脳とこころ)セットが重要だと考えたのだ。
『やるからには世界一の車をつくろう』
社長から特命を受けた技術屋出身のプロジェクトリーダはそう腹を括った。
技術者としての想いと、マツダを支えてくれる広島の雇用・経済を守るという意味では当然の答えだった。
続く
https://youtu.be/Flg8A5nHbXI
参考文献
宮本喜一著 『ロマンとソロバン』 株式会社プレシデント社 2015年
※アイキャッチ画像は、2015-2016年、日本カーオブ ザ イヤーを受賞したロードスター (写真はマツダHPより拝借)