私はもっと向上しなければならない
私はもっとすごい状況に置かれていなければならない
もっと、いい男に囲まれていなければならない
一見すると、エフィカシー(ゴール達成の自己能力の自己評価)が高いように見受けられます。
しかし、着目すべきは語尾が『~なければならない(have to)』になっている点です。
コーチングでは、『~したい(want to)』を大切にします。
エフィカシーとは似て非なる概念、これをナルシズムと言います。
現状に比べて、本来の私は 『もっと~しなければならない』という感覚です。
だからと言って、ナルシズムが悪いわけではありません。
人間ならば誰でも備わっている特性であり、ナルシズムがあるから向上できるという側面もあります。
ただ、問題は度が過ぎるといろいろと支障をきたすということです。
とくにセルフエスティームの関係が重要です。
セルフエスティームは自分を肯定する感覚です。
ナルシズムが高くて、セルフエスティームが低いとバランスを崩します。
ナルシズムというと、自分のことが好きな感覚と捉えられそうですが、自己肯定とは違います。
自分のことだけが好きな状態です。
海の上で船浮んでいる姿を想像してみてください。
船は前方(船首)と後方(船尾)がバランス良く整っているから海の上を走れます。
前方と後方のバランスが崩れると転覆します。
同じように、ココロの世界でも転覆します。
ナルシズムが強くなり過ぎると、
私のことだけが好き、けど他人はどうでもいい。
または、私は凄い、けど他人は劣っているという感覚です。
ここはコーチングのブログなので、コーチングを例に出すと、俺のコーチングは凄いけど、他のコーチは大したことがないとdisる人も、エスティームも高くないし、エフィカシーも高くありません。
ナルシズムという似非エフィカシーです。
一方で、セルフエスティームが高く自己肯定ができると、私も凄いけど、他人も同じくらい凄いと、他人をリスペクトできるようになります。
お互いに凄いので、集団(コレクティブ)エフィカシーを醸成します。
しかし、ナルシズムとセルフエスティームのバランスが偏っていると、自己肯定が欠けた状態なので、もっともっと、しなければならないと強迫観念に苛まされます。
裏を返せば、セルフエスティームが低いので、しなければならないというナルシズムを強化しているのです。
私は周囲から美しくみられなければならない、でも、現実は違う(ように思える場合がほとんど)というギャップから摂食障害が生じます。
また周囲から素晴らしく見えていなければならないので、何か失敗をした場合に、恥をかいたと憤慨します。
恥をかきかくないので、行動してリスクを取ることを恐れます。
さらには、私はもっと称賛されるべきなので、もっと、もっと素晴らしいパートナーがいなければならない、それに比べて今の彼という思考から常に新しい恋をしていなければ落ち着きません。
しかし、セルフエスティームが低く、自己肯定をしていなければ、あなたを愛してくれる人がパートナーに落ち着くことはありません。
仮に大切にしてくれる彼氏ができても、最初は嬉しいけど、なぜかしばらく経つと彼にイライラするようになります。
コンフォートゾーンから外れているために、パートナーから除外します。
また、もっと向上しなければならないが動機なので、ゴール設定もしたいが基準ではなくて、しなければならないがベースになります。
その背後は、他人から良く見られたい、評価されたいというナルシズムです。
そこに他人から評価された人が偉いという社会的洗脳が加わり、しなければならないをより強化してしまいます。
また、しなければならないは、したいと真逆なのでエフィカシーが下がることはあっても、高まることはありません。
一時的な後退があると、それを失敗と捉えて、この世の終わりだくらいに捉えてしまったり、恥をかいたと感じたりするんで行動に移せません。
その代わりに、観念的な自己啓発に走ります。なぜならば、もっと向上しなければならないからです。
満たされることはありません。
このように、ナルシズムをもとにゴールを設定しても、エフィカシーは高まらず、現状は益々辛くなるだけです。
もし、あなたが辛い恋愛を繰り返したり、周りから良く思われたい感覚が強すぎたりする場合は、ナルシズムが強くなり過ぎていないのか?(裏を返せば、セルフエスティームが低下していないか)今一度、吟味してみることをおススメします。
私たちは、ナルシズムによる~しなければならない(have to)ではなくて、エフィカシーに基づく、~したい(want to)を基準にゴール設定していく必要があるのです。