アウシュビッツに潜入せよ ポーランド軍大尉ヴィトルト・ピレツキの闘い


かつてとんでもないゴールを設定して、成し遂げた男がいました。

 

彼の名前はヴィトルト・ピレツキ、ポーランド国内軍(ポーランド語: Armia Krajowa, 略号AK )大尉でした。
※ポーランド国内軍は第二次世界大戦中のポーランドで活動した、ナチス・ドイツの占領軍に対する抵抗組織。
アイキャッチはポーランド国内軍旗 Wikipedeaより拝借

ヴィトルト・ピレツキ大尉

 

話は第2次世界大戦前後に遡ります。

 

当時のポーランドの首都ワルシャワはナチスドイツに占領下にあり、降伏したポーランド軍兵士はもとより、一般の市民までもが老若男女を問わずランダムに捕まり、あの悪名高いアウシュビッツ収容所に送られました。

当時のポーランドの首都ワルシャワの状況は、今では信じられませんが普通に歩いているだけでゲシュタポ(ナチの秘密警察)に呼び止められてそのまま逮捕、収容送り(ワパンか)にされてしまう状況だったのです。

今でこそアウシュビッツを初めとする収容所の悲惨性は全世界で常識として知られていますが、当時は徹底的な情報封鎖、情報コントロールのために一般的にはそれほどまで知られていなかったようです。

※現在のアウシュビッツの風景 当時の写真は掲載には向かないと判断しました

Wikipediaより拝借

 

 

記録によるとアウシュビッツに送られたユダヤ人の中には、ここからスグに出られる、またはあまり悲惨な場所ではないだろうと楽観的に考えている人もいたそうです。

※このあたりの説明はアウシュビッツに関する報告として有名な医師フランクル氏の報告『霧と夜』に詳しいです。

 

 

しかし、本当のところはアウシュビッツの駅について大多数はそのままガス室送りというのは歴史の示す通りです。

そんな最中、ピレツキ大尉は地下に潜って祖国ポーランドの解放のために戦っていました。

何が何でもナチの蛮行を止めさせたい、そのためには彼らの残虐性を世界に発表していく必要があると考えました。

 

 

そんなおり、彼は奇想天外の策にでます。なんとワザとナチに捕まり、アウシュビッツ収容所に潜入するという策です。

そして実際にワザとナチに捕まり、アウシュビッツに潜入しました。

普通なら誰もが行きたくない絶望収容所に、意図的に行く、そんなことは崇高なゴールなしでは到底考えられません。

 

こんなことが実際に実行できる人がこの世界に何人いるのでしょうか。

アウシュビッツでは過酷な尋問や労働に従事させられて、何度も死にかけています。

実際に死んでしまった彼の仲間は多数います。

 

しかし、それでも彼は生き延びていました。

それは繰り返しますが、祖国の解放というゴールがあったかからです。

ゴールがエネルギーを生み出し、普通ならば死んでもおかしくない状況でも生きることができたのです。

生き残るどころか、数名の看守たちを買収したりして、収容所内で地下組織を結成してラジオで外部に惨状を発信しています。

 

そして収容所に収容されて948日目、当初のゴールを達成するために脱出しました。

彼が体験した事実は『ヴィトルト報告』として全世界にナチの蛮行を知らしめました。

 

また彼の報告書が、今私達が当時のアウシュビッツの状況を知る一助となっているのです。

その後ポーランド軍に復帰してワルシャワを巡る戦い(ワルシャワ蜂起)で部隊を率いて戦いました。

彼の舞台は勇猛果敢に戦いましたが、圧倒的火力に勝るドイツ軍、そして本来はワルシャワ市民と伴に戦うはずだったソ連軍の裏切り、その他英仏の裏切りにより降伏を余儀なくされ、再び囚われの身となりました。

囚われの身の最中、ドイツは連合国に降伏してピレツキ大尉は釈放されました。

 

しかし、彼は今度はドイツに変わってポーランドを支配したソ連に戦いを挑みました。

その際に捕まり投獄、そこで最期を遂げました。

 

 

ヴィトルト・ピレツキ、とんでもないゴールを設定して成し遂げたポーランドの英雄です。


2017-04-18 | Posted in 未分類No Comments » 

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